pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

『いだてん』と『戦争は女の顔をしていない』

 うはーん。どっちをメインに書こうか迷いますが、まぁ『いだてん』はまたBDで買うかもですが、絵がないのでいいか、と(何が?

 『いだてん』の録画しておいた総集編を全て見ました。良いドラマです。群像劇で誰が主役ではなく参加する全ての人々の物語・・・オリンピックの話として練られているし、面白かったです。見ていて思ったのは「参加する選手の為に」行動する人々が主導権を、経費や政治で計ろうとする人々と争ったり、寝技を使ったりしているせめぎ合いが、前回の東京オリンピックは良くしたのではないかと。

 この2020年の東京オリンピックは出資者だの政治だのの都合で真夏に開催される事になり非難され、マラソンに至っては北海道でやるという・・・東京ぢゃないぢゃん!!

 なんでしょうね。強い外圧に弱い日本人ばかりが主導権握っているんぢゃないのですかね?始まって見なければ解りませんが、名古屋にいる限り、特にオリンピックがどうのこうのという話はないです。前回は復興の象徴ですが、今回も震災の復興の意味合いをつけたいようですけれども、ぶっちゃけ東日本大震災による被害からの復興は道半ば、それ以外にも台風だの大雨だの水害だの、様々な災害が日本列島を襲い、大きくなる被害をいかに低く抑えていくかが日常の課題となりました。なんか今回のオリンピックって日本全国が悦び勇んでいるイメージが沸きません。

 まぁね、首都圏には日本の全人口の四割が住んでいるようですから、そこだけ盛り上がれば成功と言っても過言ぢゃないんですかね。

 『いだてん』で描かれた人々ほど胸熱にならないのは、今回のオリンピックで汗を流している人々の事を知らないからでしょうけれども。

 んで絵のある方。

 

戦争は女の顔をしていない 1

戦争は女の顔をしていない 1

 

  あ、岩波現代文庫に原作の日本語訳があるんですねー・・・買うかも知れない。

 自分は歴史好きです。子供の頃は『偉人』とか『英傑』とか『戦争』とか、解りやすいものが好きでしたが、加齢とともに、その裏側や実情を知ると、実際の現場にいた人の方に興味が向くようになります。とりわけ『戦争』においては近代以降、指揮者は計画者となり躍動感は薄れ、効率的に敵味方を殺す思考が優先されるようになると、自分の中での魅力が減退していきました。却って気になるのは、指導者や指揮官の『机上の空論』を実行する羽目になる現場の人々の事で、大岡昇平さんだったかな?『野火』という小説を書いた方は。あれを読んで以来、だいたい負け戦の現場の人々の回想とか、手記とかを読むようになりました。

 この作品もそんな感じで、ソ連戦勝国ですがドイツの三倍以上、日本に至っては八倍以上の戦没者を出した、凄まじい戦火被った国でした。女性が最前線で戦い、それが珍しくなかった国でもあります。その彼女たちが何を思い、何を感じていたのか。知りたかったのです。女性ならではの苦労、屈辱、悲鳴。それでも悦びや、やりがいもある訳で・・・一番興味を引いたエピソードは、看護兵として最前線に女性の話。

 戦闘が終了し、野戦砲に傷ついた兵士が残されました。助けに飛び出した看護兵は次々にドイツの狙撃兵の餌食に。看護犬(いるんだ)を使っての救助も犬たちが撃ち殺されて失敗。そこで件の女性看護兵は立ち上がり、流行歌を大声で歌い出しました。そして歩いて兵士の元へ向かい、彼を背負い、自陣地に戻ります。撃つなら背中はやめて。即死できる頭にして、と念じながら。結局弾は飛んでこず、二人は生還します。

 本当の話かどうかは解りません。回想ですから都合良く話がまとめられている可能性もあります。しかし殺し合いという非日常の中に、若い女性が流行歌を唱いながら歩き出した時、日常が帰ってきたのではないでしょうか。そして非日常だからできる殺人が、日常の中では引き金が引けなくなった。そんな理屈が頭に浮かびました。

 戦争の悲惨さとか言葉で言っても理解できません。こういうエピソードの積み重ねが澱のように溜まっていった時に、引き金を引かずに済むようになるのではないか、そんな気がします。ペリリューだったか何だったかの米軍兵士の回想録で、死んだと思っていた日本兵が起き上がって攻撃してくるから、日本兵は必ず止めを刺す事にしたとか、そんなエピソードも、次第に敵が人ではなく『モノ』に見えていく戦場の感覚を現わしているような気がします。

 続刊が楽しみです。