昨日はね、最初のつもりでは違う事を書くつもりだったのですよ。でも雰囲気にのまれたというか、同調圧にアレしたというか、まぁ、なので今日は本の感想(ん?
同じ著者の方の論文を読んだ事があるので、同じ内容かなぁ、と思いいままで読んでいなかったのですけれども、図書館か年度末の長期休館に伴い、通常の六冊貸出から、この期間だけ十冊貸出になったので、ほなら借りてみようと。読んで正解でしたね。やっぱ一般書の方が解り易い。あたりまえだけど。そして論文を発表された時点よりもいろいろな事が深化している感じです。
帝国防衛が不成功を重ね、以前に比べると国境付近で絶えず戦争が起こるようになった『五賢帝』後のローマ帝国で、ウァレリアヌス帝が中央機動軍を創設し、強力な遊撃主力を皇帝自身が率いて外敵に対処する方法を確立してから、政治の中枢は元老院から軍人たちに移行しました。そりゃ国の中枢が皇帝とともに首都ローマを離れて防衛戦争にかかりきりになりましたからね。それまで支配階級として引っ張ってきた元老院階級は都市貴族と化し、それに軍事的才能を育成する教育を受けてきたわけでもなく、また軍事費や増大する官僚を賄う為の重税を逃れる特権を有していた為に、行政官としての役割以外は、文筆活動や経済活動に専念し、ますます豊かになっていきました。戦乱が進んでも彼らは貧困化しなかったという。
しかし古代は富裕者は自ら属する共同体に記念碑的な建造物を寄付する事で顕彰され、碑文によって後世にまで自らの『名声』を残そうとしていました。記念碑的といっても単なるランドマークよりも、橋とか道路とか水道橋とか、そういう現代では公共機関に建設、維持すべきと言われる分野を負担したのですね。もちろん補修も重要視されていたので、建設者だけでなく補修者も顕彰されました。
ところが『五賢帝』期を境に徐々にそういった貢献を富裕者が担わなくなります。寄付は選挙対策といった面もあるから実利も兼ねていたのですが、その選挙によって自治体を治める者になるよりも、元老院階級になればいいんぢゃね?という風潮が『大帝』コンスタンティウス期より加速します。それまでは比較的制限されていた元老院の席数が、戦功への賞与の面もあるのでしょうけれども、解禁され急激に増えるのです。軍人ばかりでなく、ただ単に財産持ちである人間も元老院階級に加えられ増えていく。首都ローマに集住すれば、共同体へ寄付する必要なんてないですよね。
そうなると行政官としてはともかく、ますます外敵との戦いが頻繁になる時期に軍人としては無能な元老院階級は一般庶民としては、財産ばかり持っていて納税はしないし、役立たずな存在にしか見えない。一般的に成り上がり者という支配者階級新規参入者は既存の支配階級との同化を果たそうとするのですが、庶民の支持はなく、戦争技術にも役に立たない元老院階級に軍人貴族たちは同化する事はありませんでした。事実、皇帝となった軍人貴族たちは元老院階級と通婚していません。
実はこれが文明としてのローマの衰亡原因ではないかと著者は言いきます。ラテン語文学や美術品の創造者、パトロンとして元老院階級があった訳ですが、その生き方、存在の在り方が支持されなくなった為に持続的に存在する事が出来なくなり、ついにはローマ帝国という枠組みそのものを否定され(西ローマは軍事実力者に「皇帝など不要」と宣言されて消滅します)、『暗黒の中世』に突入します。文明の断絶がローマの滅亡を意味したという事ですが、これは中国史との比較で思いついたみたいでして、その辺の考察も書きたかったけど、お時間になりましたので、今回はこれにてどろん。