pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

『武士』の源流とやら

 興味深いタイトルだったので借りてみました。

 

  武士といっても日本刀差しの江戸時代以降のアレではなく、少なくとも鎌倉時代まで主流だった弓馬の士という奴です。古代において最強であったのは馬に乗った百発百中の弓の名手である、というのは合点がいきます。馬の速度で敵と距離を取りつつ、一方的に相手を攻撃できる手段が最強でない訳がない。

 日本において、この手の戦士が記録の上で現れるのは聖武天皇の頃で、担い手は、まぁ豪族とか富裕層ですわな。著者が高校時代に弓道をやられていたらしく、止まった的にさえ的中させるのが難しいのに、馬に乗っての曲撃ちでも百発百中させるなんて、天性のセンスとよほどの訓練をしなければありえない。ましてや馬を買うなんて庶民には無理で、その馬を自在に乗りこなすとなると、やはり長年の訓練が必要。そんな事ができるのは働かずとも食っていける富裕層しかない、という事で農民から武士が発生したという説を否定しています。ま、農民から武士発生は戦前の徴兵制度のプロパガンダなんぢゃないかな?と思いますしね。庶民も武士=戦士=兵隊になれるんだ、という連想。

 それが武士の源流なんでしょうね。そして形だけ整えていた律令国家が有力者たちの恣意により崩壊していき、もともと地方豪族によって支えられていた地方の秩序が、彼らが国家矛盾を一手に引き受ける事になってしまって「やってらっか!!」と、ひゃっはーしていき、平安時代あたりはその名称と裏腹に「ずっと世紀末」みたいな様相になっていきます。律令制には高位高官は、その功績によって免責特権を持っており、やりたい放題していたようです。それが桓武天皇以降の天皇たちの子沢山によって加速します。桓武天皇にしてみれば安定した皇位継承を維持する為、なるべく多くの子女を得る為に頑張ったのでしょうが、それらが裏目に出てあふれかえった皇族たちを食わせていく事ができず、このあたりから皇族の臣籍降下が始まります。しかし古代公家社会は高位高官の息子であろうと無条件で職を与えてくれるものではなく、限られた官職を得る競争社会でした。当然落ちこぼれの元皇族とか高位高官の息子とかいますよね。

 そんな彼らの中で弓馬の士として腕を磨く事ができた連中や、好き放題財産をかき集めた者たちで、地方豪族と婚姻を結び、効率よく地方の富を収奪し、その為に地方の秩序維持を試みた連中が、武士であると。あ、弓馬の士になれた者は、やっぱり様々な条件があります。あと、著者は武士が何故争いの仲介を頼まれて否と言わないのか、という事に対して、自分たちが中央の末裔だからみたいな事を書いていますが、もっと単純に富の収奪対象である百姓の安全を守ってやった方が、より効率的な収奪につながるからではないのかな?と。頻繁に掠奪されたら意欲をなくて、自分たちも盗賊になっちゃえ!!ってなりかねない。それよりは農作業をしてもらって収穫物のあがりを受け取る方がよっぽど割がいいですからね。

 大筋は面白いけれども細かいところで一言いいたくなっちゃうのが、この著者の方の文章でして、もうちょっと書きたかったけど、とっくに千字超えているので、ここまでにしておきます。

 まぁ武士は古代豪族と律令制下の高位高官や皇族の子孫が、お互いの利益で結びついた結果生まれた、というところが妥当なんですかね?