pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

艦これイベントを優先させたので

 一週間のサイクルとして月曜日夜に録画しておいた『平家物語』と『鎌倉殿の13人』を見ていたのですが、イベントのE-1をボスクリアまでやろうと決めたら見る時間がなくなりました。いや、日曜夕方に放映されていたBSのものは横目で見ていたのですが、セリフとか、場面とか味わっていない、ただただ流れだけを見ただけなので。

 でも頼朝の事を『武衛』って呼ぶの、笑ってしまった。確かにそうなんだけど、「俺もお前も皆、武衛だ!!」は、まぁ兵衛佐や兵衛督を唐名で『武衛』と呼び、その部下を『武衛』と言うのもあながち間違いではない・・・の、かな?認識違いが三谷コメディらしくて楽しかったです。今夜、ちゃんと見れるかな?

 読み終わったのはこちら。

 

 足利将軍を中心に室町幕府の、現在判明している事を項目別記事にしてまとめたものですかね。自分的には巻末の足利将軍家に属する、資料が残っている限りの一族人名辞典が一番興味深かったかな。特に足利満詮の事績が知りたかったので。だって足利将軍家は将軍候補以外は出家させて、門跡寺院に送り込んでしまい、将軍継承問題を未然に防いできた家でして、俗人で一生を問題なく全うできた人は少ない。その中で幕府中枢で、最後は長老としてと敬われ(時の将軍足利義持は内心うざいと思っていたっぽいけど)、平穏無事に世を去ったというのは珍しいでからね。

 他の人たちは、足利義視応仁の乱の西軍将軍なってしまって兄義政と対立して、乱後は美濃に落ちてしまったし(その後、敗者復活のように息子義稙の将軍継承で都に戻るけど)、足利政知鎌倉公方として下向したけど戦乱に阻まれ、彼を支えると期待された上杉氏も内乱で、結局伊豆国主なんて中途半端な立場で終わったし、もっと悲惨なのは足利義嗣。位階だけ高いけど政治権力がなく、結局抹殺されてしまった。

 それに比べると、まぁ父足利義詮が亡くなった後の将軍家には十歳の義満とそれより年下の満詮しかおらず、彼を排除する理由は限りなくなかったと思いますけど。

 武家としてよりも公家として、つまり他の武家とは異なる次元に立つことで武家を率いた足利将軍。戦前からしばらく評価が低かったのは、江戸時代の、公家をバカにする風潮が残っていたからで、その政治的意味を考えないと足利家が「武家の王」として君臨した意味は捉えられないですよね・・・ってここまで書いていて、今読んでいる『足利将軍列伝』と内容的にかぶっている事に気づき、ここまでにしておこうと思う・・・