pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

SF短編小説

 ハヤカワ文庫のTwitterをフォローしていると、出版されるSFとかミステリーとかの新刊報告が流れてきまして、それで『同志少女よ敵を撃て』なんかも楽しみにしている作品ですが(自分は文庫版を購入する人)、それと同じようにTwitterの情報を数年前から見ていて、気になっていた本です。文庫版が出たので購入したのはゆうまでもないです。

 

 帯の煽り文句で、表紙イラストを描かれた方が『ヤバい本』と書いて見えました。表題に『敵』って単語があるところからして剣呑な感じですけれども、自分の感覚からすると「世間一般の常識と呼ばれる物から外れているひと」ぐらいな意味かな?

 表題作はどっちかというと作品世界の常識の方がヤバい。その世界では平行世界を感覚的に自由に移動できる人が普通。やろうと思えば右の眼で夏を、左の眼で冬を、歩き出した右足でアスファルトを、左足は砂浜を歩くなんて事もできてしまうぐらい、幾つもの、それこそ何千何万という平行世界にいる自分(なのか?)と立場を共有する事が、感覚的にできてしまう。でも中にはそれが先天的にできない人もいて、その人が世界に復讐する為に感覚的に平行世界へ移動(共有?)できる能力を消してしまう薬品を手に入れて、という話。

 そんなに便利な能力かなぁ?と思うけれども、いつでも別の平行世界の自分に入れ替わる事の出来る能力は、言ってしまえばリセマラできる能力だと。いつでもやり直しができる。別世界の自分の立場を気に入ればそちらで生活できる。失敗したとしても都合のいい世界を選んでやり直せる。科学技術もそんな感じで発達したところからおいしいとこ取りとかできて(ただし言語体系とか、計量体系とか、そもそも学術体系が異なるので、感覚的に理解していても、もとの世界に戻って他人にもわかりやすくアウトプットできるとは限らない、らしい)、つまり読者感覚からすると作品世界の方が「ヤバい」って感じ。

 この方の小説は、なんとなーく「世界が危機になる」というよりも個人の方がヤバい状況というか、すれ違いというか、切ない状況に追い込まれて、それを変化させようともがく感じですかね。

 収録作品の中で一番気に入ったのは最後の「ひかりより速く、ゆるやかに」。

 同級生が修学旅行で乗り合わせた新幹線が、突如何千分の一の速度で走るようになってしまい、たまたま修学旅行を欠席した生徒二人や、新幹線の中に取り残された人々の家族会とか何とか人々を助けようとしたり、でも後ろ暗い気持ちで諦めたり、葛藤したりする話。こういう話って、だいたい根本的な解決に至らず、なんとなーく登場人物がそれぞれ落ち着くところに落ち着くみたいな筋が多いのですけれども、え、そんなん?って感じで解決していくのが好きだったかなぁ。

 著者の方、名前は良くお見掛けするのですが、著作物の本を見たこと、あんまりないな、と思っていたら、どうも意欲的に短編SFを編纂して短編集として発行する事をされているようでして、「日本SFの臨界点」という名前で展開されています。長編小説は冊子化される可能性は高いけれども、雑誌などに掲載される短編小説は冊子化されずに散逸する可能性が高い。それを救い上げるという使命感を持っていらっしゃるようです。ご自分のSF小説摂取体験が短編集から始まり、それがあったから作家としての自分がいるから、という事で。

 自分はなんとなーく一人の作家さんに統一されていないと読んでいるうちに気持ちが散らばってしまう感じがして、複数の作家さんの作品を集めた作品集って、あんまり手に取らないのですが、でも逆に一つの作品を読み終える毎に気持ちがリセットできて、違う世界を楽しめる感覚になるかも知れません。

 そーんな事を考えたりしたり。