pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

昨日書き忘れているものが

 これを書き忘れてました。

 

 アニメ化するんですってねー・・・希望は、脚本と画質は原作順守で。そして演出が達者な人がスタッフに入って欲しいです。はい。それが全て~。

 魔族との関わりがこの漫画の大きな筋になっていると思うのですが、今回登場した魔族は一筋縄ではいかないのは勿論の事、意志疎通がなされているように見て、実はされていないってところがミソみたいな。フリーレンすらも『勝てない』と即答するほど。魔族には『悪意』が存在しない。何故なら人間を捕食するのは彼らにとって悪い事ではさらさらなく、人間を騙すとかも獲物を捕獲する手段に過ぎないのだから。しかしその『悪意』に興味を持った魔族がかつて一国と契約した。『悪意』とは一体なんなのか。それへの答えがカギになっているみたいです。次巻も楽しみです。

 んで本来の文章系本の感想。

 

 中世において寺社仏閣は尊崇の対象であると同時に数多くの荘園を抱える領主であり、政治的な要求を宗教を絡めて達成しようとする政治勢力でもありました。政治勢力である事を選択すれば、まぁ自力での存続を模索し戦わなければならず(中世とはそういう時代ですが)、そうなれば自らが紛争の当事者となり、表題のような事になると。

 比叡山焼き討ちと言えば織田信長が有名ですけれども、彼以前にも延暦寺は焼き討ちにあっているのね。足利義教にやられたのは知っているけど、それ以前にも、それ以後にも結構やられたりしている。そして延暦寺大衆が他の寺社を焼き討ちするという事も。つまり被害者であったり加害者であったり・・・まぁ政治勢力となる、という事はそういう事です。良くも悪くもない。

 この本では、そういう事を仕掛ける理由とか心象とかそういうものに迫っています。むやみやたらと全焼させる事はなく、生活空間である僧房など燃やしても仕方ない。本尊こそがその寺社の中核であるから、これを焼け!!って坊さん自身が言っているようです。つまり礼拝の対象は本尊たる仏像とそれを収める本堂、金堂であるという認識で、だからかな。平家に焼け落とされた東大寺大仏。この大仏像だけが再興された時に、とっとと開眼供養して東大寺再興を宣言したみたいな雰囲気になっているのは、大仏こそが東大寺の中核であり核心であるという表明、とも言える訳ですよね。

 千文字こえたけど、も一つ。

 

 だいたい六位の位階を持つ人々の事です。五位になると中級貴族。そんなイメージ。古代の日本ってこの位階による区別が厳格なのですが、転落、上昇は血筋が絶対かというとそんな事はなく才覚・・・まぁ端的に言えばお金儲けの才能があれば上昇する範囲は狭くとも不可ではなかったという。そんなお金儲けしちゃう職業の人々を寓話?物語として紹介している本が種本のお話。

 これも平安TRPGのネタ本として使えるんぢゃないかしら??庶民よりちょっとだけ身分が上の、裕福な人って敵役にできそうぢゃない?