pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

食べ過ぎると腹下る

 こんな簡単な理屈を知りながら何故毎度繰り返すのか。ヒトはいつでも忘れるものです・・・はい。そういう事で土曜日の晩にビリヤニとチキンサラダを決めすぎて下しました。いつもの事です。ビリヤニだけなら下さなかっただろうか・・・

 土曜日はボドゲ会でしたが四人参加と思っていたら三人参加で、またマダミスミニ四人用は遊べませんでしたorzまぁ主催者がやりたがっていた、ゆるーい脱出ゲームができたので良かったです。

 日曜日は掃除の真似事とか布団干しの真似事とか(?)、タイ米の料理をこさえた以外は転寝していたと思う。でも、ど家は見ました。

 今まで一エピソードに過ぎなかった長篠城の鳥居強衛門を一話丸っと使ってゲスト俳優に個性的な方を用意して、同時に当時の戦国大名と国衆の力関係、当主の身内はどういう存在なのかを説明した回でした。『魔王信長』に強制しない。自己判断だ、と言われる家康。戦国大名と言えども従属国衆には命令を強制する力はない、という最近の研究成果からの演出です。まぁ逆らえば敵対関係になるのは当たり前なのですが。

 でも劇中の『魔王信長』みたいな強圧的な態度には、最晩年になるまで信長も取れなかったのではないかと思いますけれどもね。周りは敵だらけで家康は貴重な味方ですもん。

 伏線もいっぱい張ってあるなぁ、とか思いました(小並

 どうでもいいけど、よーつべで良く流れてくる「東急リバプル」の宣伝がのっぷ役の方がやっていて、こっちはにこやかな営業マン風に演じていらっしゃるんですよねぇ。当たり前だけど俳優さんは要求される役柄に合わせて雰囲気を変える事の出来る技術者なんだよなぁ、と感心してしまいました。まぁ、のっぷの迫力で営業されたら皆尻込みしてしまうだろうけれども。

 あと、これを読み終えました。

 

 過酷な運命。過酷なラスト。結局都合のいい物語は用意されておらず、人々は試行錯誤しながら前に進むしかない。あとここまで追い込まれながら、残されたリソース(人口も含めて)を食いつぶす、相克の間柄で全ての人々が回っているっていうのがね。

 でも最近感じるのですが、競争を強いる社会というのは人口リソースが豊富であるという認識の下で成り立つ訳で、人口が目に見えて減っている時代なのに、「役に立たないから」「厄払いだ」と言って人を切り捨てる事ができるのが作中世界なので、実はそんなに追い込まれていないのかも知れません。本当に人的リソースが欠乏しているなら、どんな人間にも役割を振って仕事をこなすしかないのですから。

 そーんな事をぼんやり考えましたね。もしかしたら、そういう必要性に思い至らせる物語だったのかな?