pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

完結

 毎年発売を楽しみにしていた漫画が完結しました。

 

  ドタバタコメディとはいえ、戦争物だから仕方ないですけれど、しっちゃかめっちゃかの最終戦で多くの登場人物が亡くなりました。最終巻表紙絵に登場する中で、実に半数が鬼籍に。作者の手違いで生き残ってしまった人もいますが(オイ)、亡くなった人々の中でさもありなんは一人。それ以外は惜しい、惜しいなぁ、という人物ばかり。

 戦争が残酷なのは、優秀な軍人ほど過酷な最前線に投入されがちで、亡くなる確率が高くなり、長期戦になればなるほど箸にも棒にもかからない、というより人間的に使いもにならんような人が生き残っていく可能性が高くなるって事で、つまり、この漫画のリアリティを担保している訳ですね。コメディなのにね。

 とはいえ、漫画で活躍する人々ですから上のイラストで生き残る人々も、それなりに能力がありしぶとく戦後も生きていくみたいでして、気になるのはねぇ、八巻ラストでいい感じになった二人は、戦後どういう関係になったのか、というところですね。

 楽しかったです。お疲れさまでした。

 

  時系列が過去にさかのぼっていますね。もともとエロいなぁ、と思っていた漫画ですが、今回はストレートなシーンが多いです。でも痛々しいですね。痛々しいエロチズムって、割と好きだったなぁ。過去形なのは現在は幸せなエロが好きだからです。

 久しぶりだったので一巻からパラパラ読み返してみて、一巻冒頭のエピソードがどこにはまるのか、まだ不明なんですけれど、今のところ二つ目のエピソードまではつながられそうですから、ここが今のところの帰着点だとすると、痛々しくなっちまうよなぁ、なんて。

 少しづつ物語のピースが埋められていく、パズルみたいな感覚でして、自分はゆっくり作られていく一枚の絵画を期待して、この漫画を見ているようです。次巻も楽しみです。

 しかしこの漫画、集英社ヤングジャンプなんですね。ジャンプらしくない展開、演出だな。そういう編集さんがいるって事なんですかね。

 あ、あと数十文字で千字ですね。何を書くか・・・あ、日曜日に待望のウォーハンマーRPG卓に参加できるのですよ!!そしてサイゼリアにも行けるのですよ!!

 うぉー!!サイゼリア成分の補充じゃ。ボッチでも飲むのぢゃ。うひょひょーい(壊れてません

以前にも読んだ本

 中国や朝鮮半島の歴史で、庶民生活を研究したものって、あんまり見かけないので、何度も読みたくなるのかも知れません。

 

庶民たちの朝鮮王朝 (角川選書)

庶民たちの朝鮮王朝 (角川選書)

 

  以前読んだ時は、当時の朝鮮半島にすむ人々が、他の国、特に日本に比べて二倍の米を食べていたという事を日記に書いたような気がします。米に栄養補給を頼っていたという。一事が万事ぢゃないけれど、朝鮮半島の人々って何かをやりすぎる傾向があるのかも?とか思ったりもします。

 今回気づいたのは、貨幣流通が十八世紀まで盛んでなかったということ。貨幣鋳造自体は古代から行われていましたが、現物交換が盛んで貨幣流通は振るわなかったそうです。日本はだいたい平安中期ぐらいから都を中心に少額取引で銅銭が使われ始め、鎌倉時代以降は全国的に普及したというイメージがあります。素人の感想ですが。

 読んでいると、どうも朝鮮半島の場合、首都近郊と他の地域が物流で結ばれている印象がないのです。地域的な広さはさほどでもないけれども、王朝交代期には群雄が割拠し統一に十年ほどかかったりもしているところから、地域ごとの自給自足率が高いのかも知れません。海運もそれほど発達していないのかな?貢納は都に集積されていると思うのですけれども、それほどの頻度ではないって事ですかね?

 日本の場合は海運を使用しての物流があったので、朝鮮半島に比べると貨幣を使用する利便性を感じやすかったのかも知れません。特に室町期からは守護在京が基本で守護に仕える武士たちは生活費を国元から調達していました。規模は劣るけど参勤交代で常に諸大名の家来が単身赴任していた江戸時代の江戸と似たような状況なので、当時は京に、少なくとも西は北九州、中国、四国、東は遠江(駿河もかな)、美濃、越後までの物資は流れ込んできたと思います。

 結局朝鮮半島で銅銭の流通が普及したのは十八世紀に入ってからで、その頃になるとさすがに貨幣がないと流通が不便になったからでしょうね。

 あとは排泄関係。首都漢城は川を下水替わりにしていて、それに頼り切っていたそうです。そういえば江戸は汲み取りで農家が買い取りに来ていた話に良く接するのですけれども、漢城でも汲み取り買い取りがあったそうですが、それでも川の浚渫を行わないとまずいほど垂れ流していたみたいで、二、三十万都市だった漢城でさえそれなんだから、公称百万都市の江戸ならもっと酷い事になりそうなもんですが、今のところ、川を浚ったという話を聞いた事がありません。江戸は漢城ほど密集していなかったという事なのかな?

 まぁそんな事を考えながら、よーつべ見ていたらですね。こんなのを見てしまいましてね。


【ゆっくり解説】国産技術で開発中の韓国ヌリロケットはなぜ延期を繰り返すのかを解説

 なんだろう。エンターテイメントの世界であれほど高度な技術的に会得しているのに、こと工業関係に関して、どうしてこんなに泥縄というか、濡れ手に粟みたいな事ばかりするのだろう。やっぱり即利益になる事以外はやりたがらないお国柄なんでしょうか?日本もそういう発想だと、あっという間に、こんな「どこからも対等に扱われない」境遇になっちまいますからね。節制とか節度って人として信頼される重要なファクターですよね。

気がせいてる

 着荷がまだで時間があるので書きます。書いている途中に荷物到着したりしてね。

 というても読み終わった本はないです。今読んでいるのは以前にも読んだ『庶民たちの朝鮮王朝』という本。最近ね、中国とか韓国とかは政治的に正しい歴史しか研究を許してくれないのではないかと気が付きましてね、その国では。だから新しい知見とかは考古学ぐらいぢゃないと得られないよねーっと。なので日本史ほど更新速度はないよなーって、新しく出る本とか見ていないし読んでいないのですよね、残念ながら。

 そういう風通しの面でアタクシは現行の日本の体制を支持しておりますから。はい。

 んぢゃ何について書こうかというと・・・んー・・・昨夜見た、録画しておいた『麒麟がくる』についてかなぁ。

 本能寺の変を前に、織田信長をパブリックエネミーにしたいという演出、脚本が続いています。なので最近主流の、正親町天皇の譲位は朝廷側の要望、という説の真逆を述べており、また京において信長の評判が落ちているという話も出ています。この辺は史実では追えない部分ですから、まぁいいけど、評判を落とした信長をやむなく討つ、という動機で本能寺の変をやりたいのでしょうけれども、パブリックエネミーになった信長を討った光秀を、何故他の有力武将たちは支持しなかったのか、そのあたりはどう説明するんですかね?

 信長が光秀を打ち据えるシーンが予告で流れていたので、たぶん次回で信長を討つ流れ、1/31~2/7に本能寺の変、2/14に最終回なんでしょうけど、たぶん。結局最後まで見るんだろうなぁ。

 それよりも2023年の大河ドラマタイトル『どうする家康』に心躍っています。たぶん『境目の領主』としての家康が描かれそうな感じで、「なるべくしてなった」英雄家康ではなくて「明日はどっちだ?!」って右往左往泥臭く生き延びようとする家康の方が、史実に近いと思うのですよねー。これは2022年に続いて期待できそうですね。にひひひ。

 脚本家の方、自分は見た事ないけどタイトルは聞いているドラマをしていらして、つまり世代的に自分に近いのではないかな、と思います。今年の大河の脚本はどちらかというと自分の親世代の方で、歴史監修もそんな感じの方。それなので感覚的、今まで見てきた、つまり「慣れ親しんだ」大河に見えたのですよね。つまり、自分が離れていった大河(率直に行って1990年代半ばまでは見ていたけど、それ以降は脚本家で選ぶようになりましたからね)でした。本能寺の変の正当化をどうするかだけが興味の対象であり、それだけで見てきたようなもの。

 それもあと半月で終わりますねぇ・・・

昨日の日記はいくない

 日記は書きなぐって終わりの場合が多いのですが、時間に追われていた癖に外出、信号待ちとかでスマホで読み返して、ああ、なんぢゃこの文章・・・と思う事もしばしばでして、昨日の日記は正にそんな感じ。反省。訂正はしないけどナ(あ

 そんな事にもめげずに、今日も書きくけこ。

 

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫JA)

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫JA)

 

  冒険企画局のライターをしていらっしゃる頃から存じ上げておるのですけれども、その頃は何も感じませんでしたが、最近は百合をキーワードにした作品を出されるようになったのですね?『迷キン』ネタの小説はおっさんが主人公で、自分的にはツボでしたが、そうか、流行りは百合か。まぁ『渋い』『むさい』よりも『可愛い』『爽やか』の方が受けますしな(好みの問題です

 シリーズ化してもいいし、このまま完結してもいい話ですねぇ。読んでいる最中、あっ、とかなんかに気づいた気がしたのですが、日曜日の事だったので忘れてしまったようです(ダメぢゃん

 そうそう。去年の母親の葬儀とかで年頃の姪っ子たちと再会した時、なんかコロンでもつけているのか?と思ったのですけれども、そういえば高校時代の女子のクラスメイトでもこんな感じの娘がいたよな、とか思い出し、『いいにおいがする』みたいな描写があると、これってこの年頃の女性が発するフェロモンみたいなものなのかね?とか思ったりしたりします。同時代の男もなんか発しているのかも知れないけれど、男だと察知できないか、ただ単に「男くさい」と思うだけなんですよね。個人の感想ですが。

 なんか、本編にはまったく触れない文章だナ。

 

  自分が男なので考える事は、「旦那が可哀そう」でした。というか、離婚した方がお互いの為だよ、これ。妻の方も、申し訳ない気持ちしかないなら、もうダメなんぢゃないのかな。とはいえ志村さんの事だから、こちらの予想とは違うひねり方をしてくるのではないかと気になってしまうのです。フリーの方は「家庭壊す張本人」って自己嫌悪に陥っても、一緒にいると嬉しいって・・・ああ、地獄だねぇ。恋愛地獄。幸せ地獄か・・・はいはい。

 

歪 黒咲練導作品集3 (楽園コミックス)

歪 黒咲練導作品集3 (楽園コミックス)

 

  11月に出てるって気づきませんでした。エロいです。これ十八禁ぢゃないんだ。十ハ禁の範囲って情緒とか風情ではなく、物理的に「これとこれと、これとこれが描いていたらアウト」って感じですよね。情緒的に「子供解るのかな」と思う内容まで規制始めたら、それは言論統制、なんちゃら警察になっちまってあかんのですが、十八禁という言葉にファンタジーをこめると、こういう作品も入るんぢゃないかと思うのですよ。

 十八禁にしなくてもエロいんよ。にやにや・・・

読書が進むなり

 年末年始あたりから寒波が何度か押し寄せてきて寒い日和が周期的にやってきているのですが、不思議な事に自分、自室の暖房を入れておりません。もともとそんなに暖房を入れる質ではないのですが、手足が冷たいなぁと感じていても、暖房ボタンをポチッとする事がありません。これはあれですか。寒気に晒されればカロリー消費が多くなると思っているのですかね?

 炬燵で寝ていた母親が亡くなったので居間でも暖房は入りますが、父親が就寝すると自分は酒は飲んでも暖房をつけません。どうやら炬燵以外の暖房には無関心のようです。そんなんあるのか?まぁ今のところ寒気を感じる事がないので、いいかなぁ?

 そんな感じなので読書がはかどります。居眠りとかしないから。

 

エリザベス―華麗なる孤独
 

 

 

  関連した本を連続で読んでみました。以前も書いたようにエリザベス一世は、もしかしたらその後の英国王の在り方の、雛型になったのではないかと思います。王の娘でありながら、母親が刑死した為、嫡出子の印象に乏しく(かなり成長してからでないと王位継承権を認められなかった)、また母方の実家も無力化された為に頼るべき後ろ盾もなく、また宗教上の軋轢や嫉妬によって姉からは何度も反逆罪で処刑されそうになります。

 その経験から、誰にも決定的に頼らない。バランスをとる。国民の支持よって王位についているを認識し世論の動向を確認する。事を行動規範にしていたようです。外国の王族と結婚すれば国民の支持を失いかねず、同国人有力者と結婚すれば派閥争いから超絶していられない事を認識していた為に独身を通しますが、自身が独身であり、またいくつになろうと結婚の意思があると標榜する事で外国勢力とは、どこかしら縁談交渉を持ち、それを理由に決定的に旗幟を鮮明にしない。つまりなるべく中立を維持しました。

 そうなると後継者問題が浮上しますが、最も近しい次世代の近親であるスコットランドのスチュワート家に早くから話をつけ、表ざたにしない事が絶対条件にしていました。後継者が表沙汰になる事で現政権の反対勢力が彼と結びつく事を恐れた為です。

 このバランス感覚というのはイングランドの外交にも関わってくるみたいで、国力では決して他者を圧倒していないイングランドがその後数世紀にわたり列強の座を維持します。ブリカスと罵られる多舌外交の祖とも言えるかも知れません。

 そのイギリスの力の一つ、海軍力の歴史を中心に、合法的だった海の掠奪行為がどのような変遷で非合法になったのか、という話が二冊目。

 しかしそれ以前に塩野七生さんの『海の都の物語』などでヴェネツィアの海軍の事を知っているものですから、レパント海戦が行われたのが丁度エリザベス一世の治世なんですが、その時代の『列強』がいかに海軍を整備しておらず、私人の持ち船を持ち寄って結成される臨時のものであるか、というのが解ります。国として海軍を整備できたのはヴェネツィア以外は存在せず、同時期のスペイン王ジェノヴァの傭兵や各地の船を集合させていますし、オスマンも海賊たちを集結させています。

 つまり個人事業の集合体に過ぎなかった海軍は、掠奪などで収益を確保する事が優先されていたという事で、これが組織化、国家化されていく過程で法律の問題から掠奪が否定されていくという。ま、法的に否定されたというだけですから。実際の戦場、軍事的な現場では非合法とされようとも略奪行為は今も行われていますがね。

 そんな話でした。

一つは読み終えました

 それに昨日買おうと思った漫画がなくて、来週発売だと思っていたものがあったので、その感想も。

 

大日本帝国の銀河1 (ハヤカワ文庫JA)

大日本帝国の銀河1 (ハヤカワ文庫JA)

 

  1939年、つまり第二次大戦が勃発した前後に技術レベルで数年先行した四発爆撃機が日本、ドイツ、イギリス、ソ連に飛来。迎撃に出た戦闘機やら軍艦やらを撃墜、撃沈させながら着陸したいいけれど、一機のみ撃墜された日本では二人の搭乗員のうち、一人が殺害され、複数の戦闘機、軍艦が撃墜、撃破されたその他の国々では、それぞれ二人づついた搭乗員たちは皆殺しに。

 彼らは当初は火星から、天文学者から矛盾を指摘されるとオリオン座方面からやってきた、と言います。現時点では製作できない爆撃機を持ってきている事から、まぁ嘘ではないだろうけれども、はい、そうですか、と信じる事はできない。また『オリオン太郎』と名乗る彼も地球人(というより当時の日本人)の常識からはかけ離れた思考であるので、意思の疎通がどことなくボタンの掛け違い気味。でも姿が日本人的(他の国では、その国の住人っぽい容姿)なので、ならばこちらの常識も通じるだろうと安直に日本人側も考えがち。

 こういう齟齬をどうやって乗り越えていくのか、というのが林譲治作品のテーマなのかなぁ。架空戦記ものには興味がないのですが、ファーストコンタクトものという事で読み始めましたが、林さんは戦時中の日本軍の兵站について書いた解説書も出しておられるので、当時の、つまりダーウィンの進化論が「環境適応」の結果ではなく「優等性」と信じて他者や他の生命を見下していてる考え方、産業の構造、国際経済も理解していらっしゃるから、そんな現代から見ると『頭の固い』人々が未知の地球外知的生物に対してどう反応するのか、という事を書いているのが興味深く、かつ、「そんな事をゆーてる場合か!?」とやきもきしたりして楽しいです。

 どーいう物語になっていくんだろうなぁ。次巻は四月ですか。楽しみです。

  あら、『北北西に雲と往け』の五巻が出てこないわ。まぁいいや。

 四巻冒頭で行方不明になっていた、人の懐に潜り込むのが得意で、自分の意志を押し通し、それが通らないとなると、何故か関わった人が急死するという、剣呑な能力を持った主人公の弟が、五巻でひょっこり帰ってきました。なんか四巻の書き方だと、それっきり行方不明になりました、みたいで、再度の登場はないです、みたいな印象だったので残念だなぁと思っていたのですけれど、これを読んだ時は「そうこなくっちゃ」と思いましたね。こんだけ疑惑に満ちた人物を行方不明で終わらせたら、もったいないもの。

 んで、なんか順応してくれたようでしたが、やはり容疑者として疑われている身の上、警察に連行されていきましたよ。

 どーなるんでしょうかね。次巻はやっぱり一年後ですかね。とても楽しみです。

読み終えられなかった

 基本的に情報量が多い小説なのですよ、『大日本帝国の銀河』という作品は。それに1939年?1940年?当時の情勢やら人々の考え方やら、SF的な知識だってまだまだないですし・・・そやな。『宇宙戦艦ヤマト』やら『スタートレック』やら『スターウォーズ』やらの影響力で、現代人は宇宙の大きさというものを把握している人が多いけど、当時はそんな知識は一般的ではないし、戦時中の人々は一般人でさえ「天文学なんて何に役に立つの?」ですもん。最近の風潮を捉えたセリフとも言えますがね。

 しっかしネーミングセンスが面白いですね。オリオン座あたりからきたから「オリオン太郎」って自称する地球外人らしい人物。最初は火星の方がええやろって「火星太郎」って名乗っているけど、天文学者に質問されて矛盾を指摘されると、あっさり変えるんだもんなぁ。ファースト・コンタクトものだけど、互いに共通の文化認識がないから、本名名乗っても発音できないし意味ないってのがねー。

 今日中に読み終えられたらいいなぁ。

 もう一つ読み進めているのはイングランド女王エリザベス一世の評伝・・・というよりも物語かなぁ。書き手が登場人物の考えを断定的に書いているから、物語としておいた方がいいでしょう。良いなと思うのは、イングランド国内やエリザベス一世の生涯だけでなく、国際関係や彼女の父母の時代から書き始めているところで、彼女の役割、考え方、というものが今まで読んだものよりも解り易く明確かも。

 そういえばエリザベス一世と対立するスペイン国王フィリペ二世って神聖ローマ皇帝カール五世の息子だったよなー、とか、フランス王アンリ二世が事故死してからフランスは宗教対立が噴出したんだよなぁ、とか、対応を一歩間違えばイングランド宗教戦争が巻き起こっていたかもしれないと考えると、エリザベス一世としては、どちらの側にも決定的につくことはできず、生涯独身を通さざるを得なかったというのが解ります。即位宣言から言っているんですよね。母親が離別の上処刑された身の上であり、つまり有力な後ろ盾が親族はおろか法制的にもない(ご本人は嫡出子と言っていますが、離婚、処刑で母の結婚がなかった事にされているので印象として庶子というのはぬぐいきれない)人ですから、どうしても諸勢力のバランスの上に君臨するしかない。

 イングランドの諸王には『絶対王政』を志向する人もいましたが、そういう人はだいたい退位とか処刑とか、そんな感じで失敗に終わっています。逆に国内の諸勢力の調整役、議会が成立してからは議会のバランスを見ながら治世を送った人の方が評価が高いのですよ。それはエリザベス一世を無意識にでも習ったせいなんですかねぇ?

 あ、千字こえた。こちらは分厚いので今日中には読み終えられないと思うけど、楽しいです。