pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

この本をお勧めします

 もう五・六年前でしょうか。その頃足しげく通っていたTRPGコンベンションさんでバス旅行企画が立ち上がりまして、集合時間よりも早くついてしまったのです。遅れるよりはいいと、アタクシは集合時間よりも早く到着しがちです。その時は雨が降っていまして集合場所は駅前のロータリー。庇もなかろうと駅のホームの椅子に座り、いつも通り読書しておりますと、当時そのコンベンションスタッフをしていらした二十代の方がいらっしゃいましてね、後から聞いたら書店チェーンにお勤めの本部社員の方だったようですが、その方に「織田信長関係でお勧めがあったら教えてください」と言われたのです。

 その時は思いつきませんでした。何故かというとその当時、織田信長の評価がゲーム『信長の野望』にイメージされるような、革新的で独断的な人物というものから、当時の戦国大名と性格的には何ら変わりのないものである、というものへの変換期に今思うと当たっていまして、研究者も従来のイメージからの修正を試みてはいるものの、包括的に取りまとめたものはまだなかったのですよ。つまり入門書に相当するものを勧めても果たして、この方の欲求を満たしうるものなのかどうか、解らなかったのです。なので「織田信長と冠したもので通史的なものならいいんぢゃないか」みたいな、腰の引けたような返事しかできなかった記憶があります。

 ちょっと申し訳ない受け答えだったなー、とずっと引っかかっていたのですが、今回この本に出合えたので、もしも今同じ質問を受けたらこういいます。

 これを読んでください、と。

 

織田信長 (中世から近世へ)

織田信長 (中世から近世へ)

 

  今から十年ぐらい前だと「天下統一」を果たしつつあった信長は特別な存在だったに違いない、という論説が主流でして、著者の方はそういう独裁的な信長という存在が嫌いだったそうです。しかし調べていくとどうもそうではないと。言ってしまえば信長も同時代人として、その常識に則った行動を取らなければ、異物として排斥され抹殺されるでしょう。彼の人生を彩った様々な戦いは、細かく見ていけば、最初は織田弾正忠家の家督を確保する為であり、敵対勢力から身を守る為であり、それらに勝ち続けた結果の尾張統一と桶狭間と言えます。

 美濃一色氏(斎藤氏から改姓している)との争いも征服戦争というのは結果の話であり、そもそもは国境総論とか、政治的な対立とかでしたが、中央で起こった足利義輝殺害事件『永禄の政変』によって一変します。足利将軍は当時の武家にとって統合の象徴であり、統制力は衰えたと言えども、その標章、権威として存在していました。その権威の象徴が殺害されるという事は、中央、いわゆる「天下」の秩序が乱された事であり、それはそれぞれの政治立場が混乱する、よるべき指標を失う事を意味しました。信長の有名なスローガン「天下布武」はまさに、その混乱した「天下」の秩序を再建する抱負であり、彼にとっては一度足利義昭を助けて上洛すると宣言しながら、結局一色氏との騒乱で果たせなかった約束を実現する為の、いわば宿命でもありました。

 上洛の後、あたかも信長の時代が始まったかのようなイメージがありますが、実際は足利義昭を支える最大勢力に過ぎず、「天下」の統治は足利義昭と側近たちに委ねられていましたし、非統治者側が望まなければ信長は介入していません。「元亀争乱」は反信長勢力との戦い、というよりも反足利義昭勢力との戦いと評価すべきであり、その争乱中から義昭とその側近の統治が不正に傾いていたので、世評を気にし「正義」が行われる事に拘る信長からすれば、それを諫言し正さねばならず、それを煩わしく思う義昭側と溝を深め、信長が武田信玄と対立する状況になった時点で義昭は反信長となります。その義昭を追放し、新たな「天下」の秩序維持を朝廷から委託された瞬間から、信長の時代が始まると言えるでしょう。

 まぁそんな感じで書きたい事はいっぱいあるし、知って欲しい事もいっぱいあるのですが、この本を読めば手っ取り早く解ります。なので、最新の織田信長研究の結実とも言える本書を読んでください。そうすれば今現在の、歴史学者たちの織田信長評価が解りますよ・・・もう知っているかな?あの人、本屋さんだもんね(今のご職業は知らないけれども