pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

飲みに行く前に

 松屋ジョージア料理を食べたいなぁと思っております。定食ぢゃなくて料理だけってメニューはないのかな?なんせ今のところ飲みに行く予定時間が八時でございますから、まぁ一品だけならOKかな。こういう機会でもないと松屋に行けないのです。TRPGのセッションしに行く時、昼食で食べればいいなぁ、と思うのですが、利用する会場近辺に松屋はない(と思う

 そんな訳で少し楽しみです。

 第一話を録画しただけで見ていないのですが、今更ながら『麒麟がくる』、題名から本能寺の変への展開が想像できてしまい、予想が外れて欲しいと思っています。自分としては最近の信長研究の深化から、『常識人の信長』像が大変気に入っており、本能寺の変も『明智光秀の絶望』が原因という説が好きなのですが、たぶん『麒麟がくる』は、信長が平和をもたらす麒麟と信じた→一向一揆殲滅や比叡山焼き討ち、光秀母親見殺しなどのエピソードで信長を見限る。→平和の為に信長を討つってのが本能寺の変への経緯、みたいに想像できるのですよ(あくまで個人の想像です

 もちろんそんな展開にはならない可能性はあります。高いとは言えない。皆『魔王信長』っていうキャラクター性が大好きで、それに比べて『常識人信長』はエンターテイメントの世界では市民権を得ていないと思うので。

 そうなると、『魔王信長』には食傷気味のアタクシとしては、見る気が減退するのであります。ま、勝手な事を書いている訳ですけれどね。

 それはともかく、読み終えた本。

 

  ご存じですか?自分は知りませんでした。昭憲皇太后明治天皇皇后、貞明皇后大正天皇の皇后だった人です。まぁそれぞれ皇室の近代化、国際化に対応してきた人々ですが、なんかね、夫婦というよりも皇室という共同体を運営している同志みたいな感じ?ただ貞明皇后の方は病弱軽薄な大正天皇を女官を使ってコントロールしていた面もあったようです。

 あと、現在の『気さくな皇室』的な親しみのある行動は、その病弱軽薄と言われた無邪気な大正天皇から始まったらしく、昭和天皇もお付きの想定を逸脱して人々と交わったようです。

 現在の皇室の在り方の基礎を築いたと言ってもいい人々ですが、なんかね、高貴な深奥の、つまり存在は公だけどプライベートが守られていた存在から、一種の芸能人のように行動を監視され抑制され、『皇室』というものを演じなければならなくなった。それによって人々から親しまれ、愛され、天皇制を廃止すると暴動が起きるとまで言われて今日まで続いている訳ですから、私生活を制限された代償が天皇制存続なのかなぁ、とか思いました。