pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

読んだというよりも

 興味のあるところを拾い読みって感じですかね。

 

沈まぬ太陽(一~五) 合本版

沈まぬ太陽(一~五) 合本版

 

  読んだのは図書館にあった山崎豊子さんの全集に収録されたバージョンです。ハードカバーで三分冊ですが、最初の一冊目からツラくて、盟友の裏切りあたりから、ああ、分断して統治せよ、に引っかかたんだなぁ、とか、拾い読みしたところで、半官半民で監査で手心を加えられるとか、株主総会を総会屋(この言葉も最近聞きませんね。死語になっているならいいけれど)に頼んで無風にしちゃうとか、乱脈な利権あさりの経営、社員を階層化し、労働力を搾取する、とか上層部の安全に関する無関心とか、何というか、日〇航空をネタにした架空の航空会社の話なんですけれども、著者の不信感というか反感がベースにある話だよなぁ、と思いました。

 御巣鷹山の墜落事件は当時中学生だったので覚えていて、なるほど100%の安全などないんだな、当たり前か、という感想と、墜落事故で四人の方が生き延びた奇跡にびっくりした記憶があります。一人が自分と同じ中学生だったから余計に印象的でしたね。

 読み続けられなかったのは主人公が会社に属する事へのこだわりを共有できなかった事ですかね。ここまで排斥され、左遷人事を受け続け、家庭も崩壊しそうになっているのに、それでも会社を辞めなかったメンタリティが今時ではないな、と。そしてその辛抱強さというものに経営陣が寄りかかって甘えてきたから、悲惨な現場であり続けたという事で、これは現在でも教育現場とかでありますよね。現場の個人的努力が持ち出しになっていても、企業努力達成の為に当たり前と考えている。『働き甲斐』というものは働く本人が考える事で、よそから言われる筋合いの事ではないし精神論だけで鼓舞しようとしている時点で現場に甘えているんですよね。

 『魚は頭から腐る』というのは構成人数が少ないから、利権共有関係を構築しやすく、相互批判をする可能性が低くなり、利権を得られるなら危機意識も低くなるって事もあるのかも知れません。現場が腐敗しないとは言わないけれども、腐敗する余裕さえなくなる場合もある。弱い立場の者に全ての矛盾を押し付けて、臭いものに蓋をして、という体質は物語当時1960年代~80年代と現在でも変わらない不変の宿痾なのでしょう。

 にしてもこの物語の政治家や高級官僚、大多数の財界人があまりにもテンプレで、利権に捕らわれ、政治家がいかに信用ならないかと描かれており、そして1980~90年代の漫画とかもそんな感じで社会の闇を描いていたなぁとか思い出し、ああ、そういう時代だったのねぇ、と振り返ってみたり。

 映画は知りませんが、WOWOWのドラマは原作小説よりも多少救いのあるエンディングでしたよ。少しばかり留飲が下がるという類でしかないのですけれども。

 自分は救いのない展開の物語も結構読めると思っていたのですが、アレですね。それは登場人物に感情移入できたから、なんでしょうね。自分の親世代より少し上のメンタリティに、どちらかというと否定的だから(オタクを社会が日陰者扱いしていた時代を見てきているので、そういう時の社会の主体が、彼らだったせいなのかも)余計にそう思うのかも知れませんねぇ。