そんな話をラヂヲでもしているなぁ、と思ったら今年初めて蝉の鳴き声を聞きました。今年は名古屋あたりは梅雨明け宣言が例年と比べると物凄く早くて、つまり夏が前倒しになっている感覚なので、蝉の鳴き声が聞こえないと思ったのかも知れません。蝉の体内時計の方が正確なのかも知れない・・・
んで読み終わったもの、見たものはですねぇ・・・『銀河特急ミルキー☆サブウェイ』は、あ、トラブルから清掃車両が自動的に出発しちゃいました、ってぐらい?一話三分だもんな。それぐらいしか描けない。
読み終わったものは・・・『天久鷹央の推理カルテ』は何作か読みましたが、既刊本全部読んでから感想書こうと思っているからなぁ。図書館で借りた本は、どれも途中だし・・・あ、『イスラエル外交史』ってイスラエル目線の対外史みたいなのを読んでいます。イスラエル側のやらかしをある程度知っている上で読むと、醒めた感じに読めます。客観的になろうとしているけど、そうはならないよなーって感じ。
何かなかったかなー・・・と思い返して、あ、これがあったわ、と。
最新研究がアップデートという訳でもなく、中世の三王朝期を除けば諸侯連合体であり、後半は有力諸侯よりも中小弱小諸侯の為の連邦であったという『神聖ローマ帝国』が、皇帝という個性だけで語られるものでもなく、まぁ通史として読む分には理解しやすいよねーっと。
振り返ると、評価が高くなっているのはルクセンブルク家のハインリヒ七世とかカール四世ですかね。統一国家、国民国家至上主義盛んな自分が二十代までの頃は、評価低かったのですけど、近世まで続く『神聖ローマ帝国』を規定したのがこの二人って感じで、彼らがいなければ名ばかりの帝国は国制を持たず空中分解していたかも知れません。あとこの本を読んでいた時期にマリア・テレジアの評伝を読んでいたので、男でなければ神聖ローマ皇帝になれないので、彼女がここに加わっていない事に改めて気づきました。彼女はややこしい事にハプスブルグ君主であって、神聖ローマ皇帝だったのは夫君、配偶者なのでした。
『神聖ではなく、ローマでもなく、そもそも帝国ですらない』という評価は酷いマイナスかと思っていましたが、統一的な国民国家というものが幻想であり、諸共同体の連合体、複合国家の方がヨーロッパの国々を説明するのに適していると知った今となっては、神聖ローマ帝国は元首である皇帝のものではなく、はたまた被支配民たちのものでもなく、その間の、大領国から貧弱弱小諸侯までの連中の『平和』の為に存在した、という意義を評価すべきなのかも。イメージとしては諸侯連中を廷臣化させたフランスと、諸侯貴族のみならずブルジョア連中を議会政治、共和制という形で政治参加させたイギリスの間の政治体制なのかも知れませんねー(諸侯貴族、ブルジョアの発言権においては、って意味。王様にも等しい権力を持つ大諸侯と一城の主程度の弱小諸侯が同じテーブルで帝国議会に列席するとこはイギリスの議会政治よりかもって程度)。
列伝で改めて見ると、ハプスブルグ家の諸帝って、他の皇帝たちにも増して自家の為にしか動いていないんだよなー、とか思ったりしました。あ、防衛体制のグレードアップぐらいはしたのかな。
