pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

調子に乗り過ぎました

 昨日の日記に漫画を三冊も使ってしまったので、読書ネタがないです。また艦これ2021春イベE-4新艦掘りに入りましたので、映画も見ていないです。さてどうするべか?

 調子に乗るついでで火曜日に既読未読の本を購入したし、同じ日に図書館へも隙を見て出かけたので、読むべき本は一杯で、同時進行で(枕もとのポアロものを含めて)四冊進んでおります・・・移り気なだけだよナ(あ

 その本の中で一番興味深いのは台湾の民主化についての論文集で、なかなか面白いです。近年ネット上でも台湾の親日家の方たちと日本の方たちが好意的なやり取りをしているのを散見するので、それの背景にあるものを知りたかったのですよねー、主に主体的に日本に接近しつつある台湾について。日本は、ほら、場当たり的なところ、あるぢゃん?水面下では何かが進行しているのかも知れないけれども、目に見えるところでは解らないので。

 詳しい事は読了後ですし、今のところ第三章の半ばにかかったところで先は長いですが(全部で十章あるし)、台湾民主化への原動力というものが、李登輝が選挙によって総統に就任するまで続いた歴代の外来政権へのアンチテーゼ、台湾在来をアイデンティティにする人々の意思というものがあり、民主化を無血で成し遂げた李登輝の人格、能力形成に旧制の台北高校での教育の在り方が深く関わっている、という事でしょうか?

 絶対数では少数派に過ぎない台湾人の旧制台北高校卒業生ですが、まず台北高校に入る事が恐ろしく狭き門であり(日本本土の旧制高等学校の入試に合格する方が、台湾人でもよほど楽だったそうです。植民地の学校では現地民が入学制限されるのに、本土の高等学校への入学にはそんな制限がないという・・・これは同化政策と関係あるのかな?そういえば植民地朝鮮人官吏となった方も、朝鮮本国では差別を受けたのに、苦学して帝国大学で学んだ日本本土では差別を受ける事が少なかったと自伝で書いて見えたな)

 その狭き門がエリートとしてのステータスになっており、また旧制高校は学内自治にこだわっており(学生が警官に悪戯しても、学内に逃げ込めば警官に引き渡される事はなかった。これは人種的な差別はなかったようです)、その事が旧高等学校生徒は特別である、との意識が社会にもあったようです。生徒もそれに慢心せず、というか大学へ進学する為の勉学(大学には無試験で進めたようなので、学内で落第して退学しまわないように、という意味でしょうか)が激しく、生徒よりも先生の方が消耗して転職した例もあったようです。あまりにも生徒からの質問やら授業レベルへの欲求が激しい、という事らしいです。現代の高校でそんな風景はないと思うな。

 狭き門をくぐり、勉学に専念できる環境を整えられた『特別性』が矜恃となり、選良として国や国民に尽くす、という意識を持ったという筋書き。それぐらいの自負がないと国民党内で政権を握る外省人を煙に巻き、民主化を無血で進めるなんて芸当、なかなかできるものではないでしょう。

 平等主義が行き過ぎた現代日本の凋落は、旧制高校出身者が退職した頃から始まった、みたいな意見もあるそうで、確かに今のコロナ禍の対処でも公平性を担保する為に、貴重なワクチンを破棄してしまう事がある、なんて話を聞くと、今の日本は平等性を重視する余り、危機に対処する優先度判断ができなくなっているのではないかと思います。病院に緊急搬送される際に選別して、治せる人を治す。ムリと判断したら諦める、という、あれの類の判断ができる人が少ない。その為に、咄嗟の判断の優先順位がつけられず、衰退していくという・・・ほんとかどうか知りませんけど、かもしれない、という疑念は持ちますね。

 まぁ読み終わってもいない本についてあれこれ書き続けるのも何なので(予定よりも五百文字オーバーしとる・・・