pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

広島

 『の日』って続けそうになって、いやいや広島に原爆投下された日であって、広島の日ではないよな、と。哀悼の意を表します。書き忘れていました。あかんやん。

 この出だしで察しのいい方はご理解いただけたかと思いますが、はい、ネタがないです。本日大量に漫画を買い出しに向かう予定です。時間がなかったり夕立が降ったりしたら見合わせますが(あ

 原爆投下の善悪とか、まぁ自分にとってはあんまり関係ないです。起こってしまった事であり、それが及ぼした膨大な被害さえ把握して、おびただしい人々の生命や人生を狂わせていった事を知っていれば。原爆使用の善悪など、人のやる事なので問うだけ無駄とも。

 しかしそこから連想で、そういえばチェ・ゲバラキューバの閣僚として日本に来た時、広島を訪問した後「何故君たちは怒らないのか」と記者に問うた、という話を思い出しました。ゲバラって今でもカリスマですよね。同時に流行った毛沢東は、まぁ革命家というよりも『中華帝国』の新たな始祖という事が理解できたので、以前ほどのカリスマは、ある意味ないと思いますけれど。

 ゲバラってキューバ革命で活躍し、キューバ国家が成立すると新たな革命を起こすべく南米を転戦して命を落とすという悲劇性もあって受けていると思うのですが、この人がアルゼンチンの大学生であったと知った時は驚きましたね。キューバの人ぢゃなかったんだ。確か南米各地をヒッチハイクだか何だかで旅行して、経済的なアメリカの植民地になっている南米諸国に憤り、つまりアメリカ資本主義の支配に抗う事がその人生であった、と。だからこそアメリカにより原爆を投下された日本人に「何故怒らないのか」と質問したのでしょうね。

 その青臭さが受けていると思うし、自分も革命なんて碌でもないけれども、理不尽なアメリカの収奪経済支配に抗うという点は支持できるし、もうちょっとやり方というものがあるだろうとは思うけれども、ボリビアだったかな?で若くして彼が命を落とした事については哀悼を感じたりします。

 自分は道義的な理由だけでは世の中を恒久的に変える事などできないと思っているし、収奪経済が結果的に高コストになり、相手国の主権を認め、フェアトレードを結ぶ方が結果的に双方にとって利益になるとも考えています。感情的な面も含めて対等な立場にいると相手を認める事こそ、問題解決の第一歩だよなぁ、と。あくまで最低限の前提条件で、そこがスタート地点なんですけれども。

 昨日感想を書いた『ファントマは哭く』の内容とも絡めて、全ての人々が互いを対等な立場と認めて、相手が何を望んでいるかを知る事から、コミュニケーションは始まるのだろうなぁ、と。そんな事を連想しました。