林譲治という作家さんの作品はSFばかり読んでいて、仮想戦記とかは読んでいないので一概には言えないのですが、読了の感想は、今までとは違うかな、でした。
近未来の日本の、監視カメラとかアプリとかで市民生活が最適可された地方都市で、大量の破棄された遺体が発見されたところから物語が始まります。技術的には現代にあってもおかしくないから、SFが「少しファンタジー」範囲みたいな要素のサスペンス・・・ミステリー・・・ですかね。
基本的に住民が住んでいるところは監視カメラが機能しており、そして犯罪歴のある人間の動向は監視されているので、犯罪発生率が低く、事件解決率も高い。コスト、人件費削減が可能で治安も良くなる、というモデル都市で、感知されずに十数人が殺されていたという事が当局に衝撃を与えます・・・んが、縦割り行政の綱引きと、モデルケースでの問題発生が自身のキャリアに関わると判断した行政、警察上層部は事件の情報を大々的に公開せず(自ら調べなければ事件の事は市民の目に触れない程度の公開はしている)捜査現場でも物理的な捜査会議というものが開かれないので、捜査員たちも必要最低限の情報交換しか行えず、捜査は遅々として進まない。
また市民自身も「見たくないものは見ない」「関わりたくないものには無関心」という行動様式が仇となり、SNSで情報を取得しようとはせず大量殺人の事実も認知されない。被害者の多くが市外からやってきた、基本的に住所不定の、日雇い、バイトなので生活費を稼いでいる最低限所得者であり、他人との関わりが希薄な人間ばかりである事も重なって世間の関心は低い。
そして調べていくと、完璧に見えた監視カメラ網にも穴があって、しかもそれを利用してごみ処理場職員とか、不正規職員に仕事をやらせて不正受給を受けていたりとか・・・その書き方がね、悪い事というよりも「皆やっている、ちょっとした旨味」みたいな感覚で描かれていて、ああ、実際の不正ってこんな感覚でやってしまうのだろうなぁ、って感じなんですよね。そういう細かい、ちょっとした齟齬やら不正やらの積み重ねの上に盲点が生まれ、そして犯罪が行われている。けれどもそれは、悪とか巨利とか、そういう次元よりも、もっと国民生活の根幹をなす部分での、いわゆる現代における「まつろわぬ人々」みたいな話。
そう書くと反逆者みたいに聞こえますけれども、そうぢゃなくて、そもそも国から認知されていない人々の話になっていくのですよね。人間、落ちるところまで行くとこうなる、と。そしてそれを逆手にとって生きている者がいる・・・
林さんの作品って割と解りやすい敵役が存在して、それが標的になる場合が多いよなーっと感じていたのですけれども、今回の『不可視の網』はそういう単純な話ではなく、AI管理による相互監視社会が現代に出現したら、こういう抜け道とかがあるかもね、という事をシステムのみならず、人間心理面でも発生しそうな事柄まで書いているのが興味深いです。
あと、本当の「真犯人」はシステムをくらまして逃げおおせているとかね。
苦い後味の作品がお好きな方にはお勧めですかね・・・自分は好きですけど。