pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

蒸し暑いでござる

 梅雨って感じになってきましたよ。しとしと雨は降るし、むわっと水蒸気が体にまとわりつく感じで、冷風を感じると生き返るという体感。夏がやってくる準備ですかねぇ。部屋で本を読む時は冷房をかけ、涼しくなると切るという事をしていますが、まだ就寝時には冷房をかけていません。というか就寝時に冷房をかけても寝入りが良くなるという訳でもないので。蒸し暑い方がいいのかね。そんな事はないか。でも昼下がりに転寝する時は、たいがい冷房が入っていないのですよね。しばらく冷房つけずに就寝してみます。

 んで、読み終わった本。

 

 都市京都の事を複合的に語る本です。とは言ってもやっぱり大半は政治と経済の話ですが。荘園制度が律令制のとどめ、みたいなイメージがあったのですが、摂関政治の頃は荘園制度って緩いというか、極端な話、一人の国司の任期中に設立と停廃を繰り返す臨時施設見たいで永続性がないって感じ。これは国司は定められた税を国に治める事を義務付けられた存在であり、この頃になると最大のノルマという感じになっていた為、上級貴族や寺社へ収入を収める荘園というのは邪魔。ただ自分が仕える上級貴族受けは良くしたいので任期中にそういうものを設立する。んで任期が変わって別の人脈の国司が就任したら、コネのない上級貴族への受けよりも国税を収める事が優先される、というサイクルを繰り返す。

 んで受け取る上級貴族の方も大らかで、奉仕という形で国司を務める富裕な下級、中級貴族から様々な財物を受け取っているので、特に自分から荘園を囲い込む必要性がない。

 この風向きが変わるのは、上級貴族が道長直系の摂関家所縁の家に固定されてきたこと。その摂関家外戚から外れて皇位継承への影響力が薄れ、変わって白河院を始めとする天皇家家長が天皇と摂関人事を掌握した事により政局の主導権を握ったこと。

 こうなると、院政を行っている天皇家家長に奉仕すれば自分の出世が確定されるというので荘園も院所縁のものに集中するし、永続化していきます。それで困るのは摂関家で、こちらもまた政治主導権を失った頃から永続的な荘園集積を開始します。そうやって荘園を集積に経済力を集め、人事権に影響を及ぼすものを権門と言うそうです。

 なんかね、権門体制とかって言葉は以前から触れていたのですが、具体的にどういうものかよく解らなかったのですが、ようやく腑に落ちた感じです。

 本来は国に流れ込む筈の富が院や摂関に流れ込み、彼らがそれを使って宗教的な都市空間を京都周辺に構築していったのが、この頃の傾向。文化的なものもそこに集中するという。

 あ、猿楽もこの頃から始まったそうですね。蹴鞠もアクロバティックな技が持てはやされて、そういう事ができる人は下級階層に多いので、蹴鞠は上級貴族の嗜みではなかったそうで。あとは今様も芸人が歌うものだったようで、今でいうとサブカルチャーって感じですかね。クラシックに対するロックみたいな位置づけ?が漢詩>和歌>今様って感じがする。

 シリーズものですので次巻は武士の台頭が語られます。楽しみ。