pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

前半の山場

 昨夜の『ど家』です。たぶん脚本家の方は、先週と昨夜の二回が一番書きたかったのではないかと思ったりしたり。そして、死なせたくないのは解るけど、切腹したり喉切ったりしていたら当時の医学では救えないのだから、介錯してあげるのが慈悲だと思うよ。泣き叫んで放置するのは苦しみを悪戯に長引かせるだけなんだし、とか思いました。そういう演出なんですけれどもね。泣いていて止めを刺さないのが、鳥居、平岩の二人というのが、なんか象徴的ですかね。そして止めを刺したのが低く見られるシノビ関係者。そして築山殿にとどめを刺した大鼠が、直後に最大限の平伏をしているのが印象的でした。差し出がましい行為をしたって感じ。だって築山殿は介錯を鳥居にお願いしているのに、鳥居、拒否るんだもんなぁ。情が深い演出だけど、築山殿からすると信頼を裏切られたような、情けない気持ちかも。

 介錯って最も信頼する人に依頼するものだから、君なら僕を苦しませずに殺してくれるよね、という意味だから。その信頼が介錯する人にとっては名誉な事なのだから。現代の演出とは言え、平岩、鳥居が拒否るの、悲しかったなぁ。

 あとこの『ど家』ののっぷは魔王然しているけれども、物凄く家康に寄り添っているんですよねぇ。この路線の信長が定着したら、いつか気配り目配りの信長像が演じられるかも知れないなぁ、と。

 そして予告。富士周遊?次回、武田滅ぶんかーい!!という事は、再来週に本能寺が始まるのかな。今作の明智君は最後までヤな奴なのかも・・・どうじゃろ。

 そして読み終えたもの。

 

 ちょうど、徳川くんの江戸幕府以前と以後で生態が変わる武士の話ですね。戦乱を無くすシステムは武士の自力救済能力を剥奪する事に外ならず、武士がサラリーマンになっていく事なんですよね。しかしそうしないと武力による紛争解決は絶える事はなく、報復の連鎖は敵方の族滅以外にはありえないという凄惨な世の中が続くことに。

 そういえば「うちの領国で勝手に殺しあったら、どっちも問答無用で処罰するが、手を出さずに我慢して訴えてきたら、そっちを絶対誉めて勝訴にする」って明言したのって今川かな目録が最初でしたっけ?

 「奪い合うのではなく与えあう」という理想論を『ど家』で展開したのは今川一門に属していた築山殿でしたねぇ。内容は違うけれども血みどろみどろの争いを防ぐ精神という奴は受け継がれているって感じを出したかったのですかね。