pomtaの日記

だいたい読書感想か映画感想です。たぶん。

民主政と民主主義

 塩野七生さんの『ギリシア人の物語』では今月末に文庫本が出る二巻までは主役を張り、三巻からは背景になってしまう都市国家アテナイの民主政を主に扱っている本です。

 

 現代の民主主義はフランス革命とかイギリスの名誉革命とかを淵源に持つ、間接民主主義で、有権者が代議士を選んで行政を委託するという方式がほとんどです。

 ところが民主政を発明し何百年も運営したアテナイ人からすると、これは一握りの人間しか政治に携わっていない『寡頭制』と判断するだろうと著者は書いています。

 有権者資格が兵士として戦場に赴き、国防に携わる事である古代ギリシア都市国家において、内政は勿論、外交、軍事もその判断次第で最前線に赴き、命を張って戦う市民が直接判断を下さなければならない、と考えるのはある意味当然で、提案者は長老会とか将軍とかなのですが、最終的判断は直接民会に参加した人々の評決によって決められる事になっています。もちろん古代ギリシア最大の都市国家であったアテナイの市民は二万から四万と言われ、生業をもっている人々が一堂に会する事なんてほとんどないですけれども、それでも民会を行う場所には六千人からの人々が集まれるようになっているそうです。

 面白いのがアテナイの民主政の盛期は、国家としてのアテナイが覇権を失った後だといいます。ペルシア戦争を勝ち抜いた事でエーゲ海制海権を確保し、交易による繁栄の道を選んだ、つまり国家として解りやすく大きな勢力を築いた頃ではなく、ペロポネソス戦争に敗れ、復興したあたりから民主政が成熟するという。

 きっかけはペロポネソス戦争でスパルタに敗北し寡頭制を強要され、それを否定したところから。国が二分し争う事になってしまった。その傷を修復する為にとった手段は、反対派の殲滅ではなく『水に流す』であり、「気に入らない人間との共存」でした。しかしそれこそが民主政の根幹であり、意見を異にする人を、それだけを理由に排斥するのではない。それこそが民主主義であるという。

 しかし長い間、国家としての勢力が縮小したアテナイは『衆愚政治』であると批判されてきましたが、それって、寡頭制志向のソクラテスプラトンの著述から何ですよね。彼らの著作物が残ったのは民主政の異なる意見でも排除しない姿勢の為でしたが、彼ら自身は優れた人々による寡頭制を主張し、その教えに従った若者たちが寡頭制を実行し、暴走し、圧制を強いて排除された事も事実なんですよね。

 古代ローマから近代にいたるまで君主制や寡頭制など少数のエリートによる政治が是とされてきましたからソクラテスプラトンの主張は受け入れやすかったでしょう。けれどもそれが幻想となったら(政治の基本は失政だ、という言葉が自分は好きです。何がいいのか、やってみなきゃ解らなくて、良かれと思ってやった事が往々にして失敗するのが政治の世界なら、衆に抜きんでたエリートなんて評価も相対的なものでしかなく、エリートも庶民も場合によっては同レベルでしかない、と思う)、他者の意見を黙らせようとするのではなく、耳を傾け、建設的な議論を行い結論に導く能力こそが、民主主義に必要な事なんでしょうね。

 他者を攻撃するばかりの人は民主主義の空気に甘えているって事にならない?